2016年2月25日木曜日

仮設住宅でのアートボランティア最後の日

震災から5年が経とうとしています。地震の半年後から、臨床美術でのボランティアを継続しています。宮城・山形・岩手・福島の仮設住宅の集会所で、子どもからお年寄りまでたくさんの方々と臨床美術のアートワークの活動をしてまいりました。とくに、宮城県名取市にある数カ所の仮設住宅集会所では、震災から半年後、ようやく復旧しはじめた、、という中での活動開始でした。今回、そのうちの一つが、役目を終え、閉鎖となります。
当時はたくさんの方々がご入居されておりました。現在では、ご入居されている方も減り、空き部屋も多くなりました。ボランティアをはじめたころは、「みなさんが自立されるまで、その日を願って、それまでは継続しよう」という思い一つで、活動してまいりましたが、いざ、この日を迎えると、嬉しい反面、なんとなく、さみしいような気さえします。
最後のワークも、おなじみのメンバーで、和気あいあいとはじまりました。制作した作品は、こちらです。
うん。いい感じ。ステンドグラスのようですね。最後のごあいさつをして、元気でね。と握手をして、、、またどこかで会えるといいな。などと思ったりして、お別れしました。
ボランティアをはじめるときは、被災地のみなさんに、どう接したらいいのか、アートを一緒にして下る方はいるのかな。。いろいろ考えていましたが、始まってみると、こちらが元気付けられたり、その明るさに救われたり、みなさんの強さには感服でした。
「福島から来ました。よろしくお願いします」とあいさつすると、「福島も大変ね。(来てくれて)ありがとう」と おっしゃってくださり、、「あ。私も県外の方から見れば、被災した県の人間だったんだ」とあらためて、目線を同じにすることの大切さを実感いたしました。
当時の福島の被災地は、生活していくことに必要な以外のボランティア活動ができたのは、ずっと後のことだったと思います。私が福島でアートボランティアができるようになったのも1年近くたってからです。
震災は、何を残したのでしょう。つらさ。かなしさ。むなしさ。くやしさ。忘れることなどは決してできませんが、それでも、人は前に進む人生を歩まなくてはならないという普遍的な中にいます。その中で、それぞれが、信じるものや人や、希望など、前にすすむ要素をあらためて見つけたとき、怒りに震えた自分や、やろうとしたのに、できなかった自分をようやく許すことができるんだろうと思いました。
最後に参加者さんからこんなかわいいものをいただきましたヨ。
ネコとおさるさん。たくさんの笑顔をありがとうございました。
臨床美術のアートボランティアの様子は、東日本臨床美術「りぼん」のブログでご紹介しています。ぜひぽちっとな、してくださいね。